年の瀬の池袋にて リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 12月 29, 2023 昨日から東京に帰ってきています。今日は午後から池袋でお正月用の買い出し。電車に乗り込む人々も心なしかちょっと急いでいるように見えました。デパ地下の物凄い混雑に苦しくなってダイヤゲート池袋でちょっと休憩。夕焼けに浮かぶ富士山を見て癒やされました。明日も、晴れるかな。(2023.12.29 西武池袋線/JR山手線 池袋付近)(No.6) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
かぶってる! 10月 22, 2025 〈京都からの鈍行帰京旅 その1 〉 茅葺き民家に興味をもったのは、川崎市にある「日本民家園」に行ってからのことだ。茅葺き民家が多く残る丹波の山間で育ったからなのか、民家(特にその屋根)を好む妻に連れられて足を運んだ民家園には、地域ごとに分けて20軒を超える民家が移築・保存されていた。それまでは茅葺き民家を見ても「なんか古くていいね」という凡庸な感想をもつに過ぎなかったが、切妻・入母屋・寄棟といった屋根のかたちの種別や、東北地方には馬屋を突出させた「曲り屋」が多いといった地域ごとの民家の特徴などを知り、興味を惹かれたのだった。 京都から東京まで寄り道しながら鈍行で帰る道中について書こうと思って、いきなり話が逸れるのであるが、自分には茅葺き民家を好きになる素地があったと思われる。小学生の頃、当時はまだ必修でなかった英語の授業での話。どういう授業だったのかは忘れてしまったが、外国人の先生が日本の民家の写真を児童に見せて、これを何と言うかわかるか、というようなことを問うた。ちょっと沈黙の時間があったのち、僕は手を挙げて“Kayabuki-Yane”と答えた。すると、その外国人の先生と後ろで見ていた担任の先生がすごい!よく知っている!というようなことを言って褒めた。一緒に授業を受けていた児童たちがどう思ったかは知らないが、クラスの中でおそらく自分だけが「茅葺き屋根を知っているひと」であったということが、ちょっぴり嬉しかった。このシーンが妙に印象に残っていて、当時から多少はあったと思われる茅葺き屋根への興味は、民家園に足を運ぶことで花開いたのだった。それはそうと、英語の授業で英単語を答えさせるのは普通のことだが、なぜその先生は日本語の固有名詞である茅葺き屋根を答えさせたのだろう。 さて、そうして茅葺き民家に興味をもった僕と妻のあいだに、ある種のゲームのようなものが自然発生した。それは、電車やクルマに乗っているとき、車窓に茅葺き民家を見つけたらすぐに指摘して、それが早かったほうが勝ち、というものだ。これと同じゲームの「火の見櫓」バージョンが数年前に(僕たちのなかで)流行したことがある。火の見櫓の場合は「あ!火の見櫓!」と叫ぶのみであるが、民家の場合は指摘の方法に2つの種類があった。ひとつはそのままで、「茅葺き!」と叫ぶもの。その言葉通り、茅葺き屋根の民家を見たとき... 続きを読む ≫
六月の午後、酒田にて 10月 29, 2025 なぜ山形に行くことになったかは覚えていない。たしか、友人と別の土地への旅を計画していたのだけれど、宿がとれないとかでそこへ行けなくなって、でも予定はあけてあるからどこかに行こうという話をして、それでなぜか選ばれたのが山形だった。自ら山形を推した記憶はないから、たぶん提案してもらったのだろう。そんなことで、友人と2人で山形は酒田へ行くことになったのは6月初旬のこと。僕自身はじめての山形県であった。 新潟駅から観光列車「海里」に乗って、午後になってから酒田着。駅前の図書館が入った施設で自転車を借りて、鳥海山の見える橋を渡って、友人父おすすめというワンタンメン屋で二度目のランチ。列車のなかで食べたおにぎりだけでは足りなかった。 「山形ラーメン」が有名だということはなんとなく知っていた。だから、酒田に着いてすぐにラーメン屋に向かったのも、その土地の名物を味わうという意味で自然な流れのような気がしていた。だけど、お店に入ってからちょっと疑問が湧いてきた。いまから食べようとしているワンタンメンは、果たして山形ラーメンと呼んでいいものなのだろうか。もしかしてワンタンメンでは、山形ラーメンとは言えないのではないか。 “山形ラーメン”で検索すると「山形県を発祥とするご当地ラーメンの総称」と書いてある。酒田ラーメンとは書いてあったから、それなら山形ラーメンってことでいいのか。だけど下のほうにこう続いている。 「醤油ベースのスープに中華麺が入ったラーメンは『中華そば』と呼ばれることが多い。そういった醤油ベースのスープのラーメンこそが『山形ラーメン』であるとする人もいる。」 あー、こだわり強めの人でてきた。なんかワンタン入ってたらだめなような気もしてきたな。そもそも、食べるものが山形ラーメンじゃなきゃだめってことでもないのだけれど。 味は、おいしかった。そんなにラーメン解像度が高くないので詳しいことは言えないのだけれど、上品でありながらちょっと家庭的な味がした。醤油ベースではなかったので、僕は、解釈次第では山形ラーメンを食べて、また解釈次第では山形ラーメンを食べなかった。 さて。ラーメンについてだらだらと書いてしまったが、酒田でいちばん見たかったのは即身仏だった。即身仏。ミイラ。大昔の人の身体が腐敗せずに残っているというわけだ。僕の父親がなぜかミイラが好きなのだが、小さい頃は... 続きを読む ≫
養老鉄道の新聞輸送と運転士 10月 25, 2025 〈京都からの鈍行帰京旅 その4 〉 桑名駅の養老鉄道ホームに停まっていた、前身である近鉄時代からの車両に乗り込む。車内のドアの横に、袋に入った新聞が置かれているのが目にとまった。見ると今日の中日新聞の夕刊。新聞の束の上には駅名が記されている。駅毎に新聞を置く位置が決まっているようで、先頭車両の一番前の左右2つのドアのそれぞれ右端と左端に、新聞が分けて配置されていた。 桑名を出る。すこしだけ近鉄とJRに挟まれて走ってから、近鉄の線路の下をくぐって分岐した。すべての駅ではないものの数駅おきにホームで新聞配達員と思われる人が待っていて、自分の駅の名前が書かれた新聞を取っていく。取りに来ている配達員は、おじさんのところもあればおばさんのところもあった。ドアが開いて客の乗降を待ってから、よいしょ、と新聞を持ち上げてゆっくり歩き去る。電車の運転士に声をかけることもなく、なかなか見ることのない光景に接して注目する我ら旅人の目線も一切気にすることなく、淡々と、普通のことを普通にやっているだけ、といった仕事姿。それがなんだか格好よく思えた。 駒野駅では他の駅と違って2人の配達員がいて、1人は農家が使う一輪の手押し車を持ってホームで待っていた。若い方の人が新聞の束を持ち上げて手押し車に乗せて、それを押して新聞を運んでいく。手押し車って新聞も運べるんだな。 田んぼ一面が黄金色に輝く車窓を見ているうちに、養老駅に着いた。反対列車との行き違いで数分停車。ホームの屋根からひょうたんがぶら下がっているのが気になって、車両から下りた。養老伝説にまつわるというそのひょうたんを見てからカメラを持ってホームをうろうろしていると、僕から鉄道愛好者の気が出てしまっていたのだろう、乗っていた電車の運転士が声を掛けてくれた。 「どちらからお越しですか」 「東京からです」 「それはそれは遠いところから、ありがとうございます」 そう言って僕に向かって丁寧にお辞儀をした。そして、まだ出発しないので、どうぞゆっくり撮影してください、と写真を撮りたそうにしていたであろう僕を気遣った。それどころか、「ホームのあの辺りから反対列車と車両が並ぶ瞬間を綺麗に撮れますよ」と行き違いの撮影を薦めてくれた。そんなに優しくされたら、鉄道マニアはイチコロである。教えてもらった通りに撮影して、ドアの前で待ってくれていた... 続きを読む ≫
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