かぶってる!
〈京都からの鈍行帰京旅 その1〉
茅葺き民家に興味をもったのは、川崎市にある「日本民家園」に行ってからのことだ。茅葺き民家が多く残る丹波の山間で育ったからなのか、民家(特にその屋根)を好む妻に連れられて足を運んだ民家園には、地域ごとに分けて20軒を超える民家が移築・保存されていた。それまでは茅葺き民家を見ても「なんか古くていいね」という凡庸な感想をもつに過ぎなかったが、切妻・入母屋・寄棟といった屋根のかたちの種別や、東北地方には馬屋を突出させた「曲り屋」が多いといった地域ごとの民家の特徴などを知り、興味を惹かれたのだった。
京都から東京まで寄り道しながら鈍行で帰る道中について書こうと思って、いきなり話が逸れるのであるが、自分には茅葺き民家を好きになる素地があったと思われる。小学生の頃、当時はまだ必修でなかった英語の授業での話。どういう授業だったのかは忘れてしまったが、外国人の先生が日本の民家の写真を児童に見せて、これを何と言うかわかるか、というようなことを問うた。ちょっと沈黙の時間があったのち、僕は手を挙げて“Kayabuki-Yane”と答えた。すると、その外国人の先生と後ろで見ていた担任の先生がすごい!よく知っている!というようなことを言って褒めた。一緒に授業を受けていた児童たちがどう思ったかは知らないが、クラスの中でおそらく自分だけが「茅葺き屋根を知っているひと」であったということが、ちょっぴり嬉しかった。このシーンが妙に印象に残っていて、当時から多少はあったと思われる茅葺き屋根への興味は、民家園に足を運ぶことで花開いたのだった。それはそうと、英語の授業で英単語を答えさせるのは普通のことだが、なぜその先生は日本語の固有名詞である茅葺き屋根を答えさせたのだろう。
さて、そうして茅葺き民家に興味をもった僕と妻のあいだに、ある種のゲームのようなものが自然発生した。それは、電車やクルマに乗っているとき、車窓に茅葺き民家を見つけたらすぐに指摘して、それが早かったほうが勝ち、というものだ。これと同じゲームの「火の見櫓」バージョンが数年前に(僕たちのなかで)流行したことがある。火の見櫓の場合は「あ!火の見櫓!」と叫ぶのみであるが、民家の場合は指摘の方法に2つの種類があった。ひとつはそのままで、「茅葺き!」と叫ぶもの。その言葉通り、茅葺き屋根の民家を見たときに発動する。もうひとつは「かぶってる!」で、これはその形状からおそらく屋根が茅葺きと思われるが、上からトタンをかぶっていて実際に茅は見えない民家を見つけたときに発動するものである。そもそも茅葺き民家自体、残っているものが少ない上に(少ないゆえにこのゲームが成立するという側面もある)、残っている民家のほとんどはトタンをかぶせられていて、茅葺きのまま残っているものはほんの一部に限られる。
そんな、言わば“レアもの”の「茅葺き!」が発動したのは、京都から奈良線で木津へ向かっている途中であった。妻の実家を二人で訪ねた帰り、京都から東京への帰路は本来であれば東海道線か新幹線に乗るところを、すこし日程に余裕があったので鈍行で寄り道をしながら旅をすることにしたのである。狙って行かなければ乗ることのない関西本線を経由しようということになり、京都駅から奈良線で南下。稲荷、伏見などで大量の観光客を降ろしてからしばらく走り、上狛(かみこま)駅の手前、右側の車窓。小さく見えた屋根に対して、半ば反射的に「茅葺き!」と声を発した。しかし同時に、ちょっとした違和感も覚えたのであった。茅で葺かれているように見えたのは確かなのだが、見慣れた茅葺き民家とは家の造りがちょっと違うような気がしたのである。
しまった、と思った。茅葺き民家は、江戸~明治頃に造られたものが残っている純正タイプとは別に、家自体は現代に造られていて、屋根部分だけ敢えて茅葺きを取り入れることで、少し古風な見た目になっているだけの場合もある。後者は言わばパチモン。いや、茅葺きなのは事実だから良いのではあるが、純正の長い年月を経た茅葺き民家こそが本質的な茅葺き民家である、と勝手に思っているのである。だから、パチモンを見て「茅葺き!」と叫ぶのは、僕の茅葺き信条に反するのだ。残念お手つき1回休み、とこれも勝手に思ったところ、車窓を左から右へ移りゆくその屋根を目線で追いかけると、しかしなんだかパチモンでもなさそうに思えた。となりの席で妻も「ほんとだ、茅葺きだ~」と言っている。調べてみたところ、1665年建築の当地の庄屋の家「小林家住宅」で、2003年に重要文化財に指定されているとのこと。めちゃくちゃ古い。パチモンとか疑ってごめんなさい。写真をみると、屋根は切妻造りで木製の妻面が露出し、茅葺きの両端に瓦が付いている。また四面のいずれにも庇が付けられていて、屋根に占める茅葺き以外の要素が多いことが、どうやら違和感の正体だったようだ。
この先の予定もあったので、降りて間近に見ることが叶わなかったのは残念であった。ほどなくして到着した木津駅のホームからは、いかにも農地と山を切り開いてつくられた新興住宅地が見えた。不自然にまっすぐ伸びた道路の脇に同じかたちの住宅が並ぶさまは、「茅葺き!」発動から時間が経っていないこともあって、一層不気味であった。
(つづく)
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| かぶってる民家。関西本線にて |

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