雪溶けの筑摩野 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 3月 09, 2024 雪降りの夜が明けて、晴れた朝家の屋根に積もった雪が、陽の光を受けて水となり流れていく音が心地良かった日。のんびり昼から外に出かけていくと、田んぼの脇にも雪溶け水が流れていました。寒い冬が終わり、信州にも春がやってくるようです...と言いたいところでしたが、数日後またすぐに降雪。春が近づきつつもまだまだ寒い筑摩野です。(2024.3.2 アルピコ交通上高地線 三溝-新村)(No.16) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
六月の午後、酒田にて 10月 29, 2025 なぜ山形に行くことになったかは覚えていない。たしか、友人と別の土地への旅を計画していたのだけれど、宿がとれないとかでそこへ行けなくなって、でも予定はあけてあるからどこかに行こうという話をして、それでなぜか選ばれたのが山形だった。自ら山形を推した記憶はないから、たぶん提案してもらったのだろう。そんなことで、友人と2人で山形は酒田へ行くことになったのは6月初旬のこと。僕自身はじめての山形県であった。 新潟駅から観光列車「海里」に乗って、午後になってから酒田着。駅前の図書館が入った施設で自転車を借りて、鳥海山の見える橋を渡って、友人父おすすめというワンタンメン屋で二度目のランチ。列車のなかで食べたおにぎりだけでは足りなかった。 「山形ラーメン」が有名だということはなんとなく知っていた。だから、酒田に着いてすぐにラーメン屋に向かったのも、その土地の名物を味わうという意味で自然な流れのような気がしていた。だけど、お店に入ってからちょっと疑問が湧いてきた。いまから食べようとしているワンタンメンは、果たして山形ラーメンと呼んでいいものなのだろうか。もしかしてワンタンメンでは、山形ラーメンとは言えないのではないか。 “山形ラーメン”で検索すると「山形県を発祥とするご当地ラーメンの総称」と書いてある。酒田ラーメンとは書いてあったから、それなら山形ラーメンってことでいいのか。だけど下のほうにこう続いている。 「醤油ベースのスープに中華麺が入ったラーメンは『中華そば』と呼ばれることが多い。そういった醤油ベースのスープのラーメンこそが『山形ラーメン』であるとする人もいる。」 あー、こだわり強めの人でてきた。なんかワンタン入ってたらだめなような気もしてきたな。そもそも、食べるものが山形ラーメンじゃなきゃだめってことでもないのだけれど。 味は、おいしかった。そんなにラーメン解像度が高くないので詳しいことは言えないのだけれど、上品でありながらちょっと家庭的な味がした。醤油ベースではなかったので、僕は、解釈次第では山形ラーメンを食べて、また解釈次第では山形ラーメンを食べなかった。 さて。ラーメンについてだらだらと書いてしまったが、酒田でいちばん見たかったのは即身仏だった。即身仏。ミイラ。大昔の人の身体が腐敗せずに残っているというわけだ。僕の父親がなぜかミイラが好きなのだが、小さい頃は... 続きを読む ≫
4/14 しましま本店-本と電車と春の筑摩野#2- 開催! 4月 13, 2024 直前のお知らせになってしまいました。 明日、4月14日(日) アルピコ交通上高地線新島々駅に 「線路の上の本屋さん」が出現します。 ホームに留め置いた電車の中に、 9組の本屋さんが出店。 駅構内にはフード・ドリンクの出店もございます。 筆者はスタッフとして これまでイベントの準備を行ってきました。 イベントタイトルに「#2」とあるように、 実は過去にも実施したことのあるイベント。 前回はコロナ前の2019年でしたが、 その時は私は参加していませんでした。 ということで、スタッフでありながら 会場がどんな空間になるかは 明日、当日になってのお楽しみ。 電車の中で本屋さん?どんなイベントなの? 気になった方は是非 明日4/14(日)新島々駅へ足をお運びください! ◇◇◇ こちらは本日(4/13)撮影の上高地線田川橋梁。 沿線はちょうど桜の見頃を迎えています。 春の車窓を眺めながら、 のんびりと電車旅を楽しむのも良さそうです。 (No.21) 続きを読む ≫
かぶってる! 10月 22, 2025 〈京都からの鈍行帰京旅 その1 〉 茅葺き民家に興味をもったのは、川崎市にある「日本民家園」に行ってからのことだ。茅葺き民家が多く残る丹波の山間で育ったからなのか、民家(特にその屋根)を好む妻に連れられて足を運んだ民家園には、地域ごとに分けて20軒を超える民家が移築・保存されていた。それまでは茅葺き民家を見ても「なんか古くていいね」という凡庸な感想をもつに過ぎなかったが、切妻・入母屋・寄棟といった屋根のかたちの種別や、東北地方には馬屋を突出させた「曲り屋」が多いといった地域ごとの民家の特徴などを知り、興味を惹かれたのだった。 京都から東京まで寄り道しながら鈍行で帰る道中について書こうと思って、いきなり話が逸れるのであるが、自分には茅葺き民家を好きになる素地があったと思われる。小学生の頃、当時はまだ必修でなかった英語の授業での話。どういう授業だったのかは忘れてしまったが、外国人の先生が日本の民家の写真を児童に見せて、これを何と言うかわかるか、というようなことを問うた。ちょっと沈黙の時間があったのち、僕は手を挙げて“Kayabuki-Yane”と答えた。すると、その外国人の先生と後ろで見ていた担任の先生がすごい!よく知っている!というようなことを言って褒めた。一緒に授業を受けていた児童たちがどう思ったかは知らないが、クラスの中でおそらく自分だけが「茅葺き屋根を知っているひと」であったということが、ちょっぴり嬉しかった。このシーンが妙に印象に残っていて、当時から多少はあったと思われる茅葺き屋根への興味は、民家園に足を運ぶことで花開いたのだった。それはそうと、英語の授業で英単語を答えさせるのは普通のことだが、なぜその先生は日本語の固有名詞である茅葺き屋根を答えさせたのだろう。 さて、そうして茅葺き民家に興味をもった僕と妻のあいだに、ある種のゲームのようなものが自然発生した。それは、電車やクルマに乗っているとき、車窓に茅葺き民家を見つけたらすぐに指摘して、それが早かったほうが勝ち、というものだ。これと同じゲームの「火の見櫓」バージョンが数年前に(僕たちのなかで)流行したことがある。火の見櫓の場合は「あ!火の見櫓!」と叫ぶのみであるが、民家の場合は指摘の方法に2つの種類があった。ひとつはそのままで、「茅葺き!」と叫ぶもの。その言葉通り、茅葺き屋根の民家を見たとき... 続きを読む ≫
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